釜石線

2005年1月19日に釜石線に乗っている。以下はそのメモである。

青春18きっぷが2回分あまった。その消化をせねばならないのだが、有効期限ぎりぎりになって、やっと重い腰が上がった。行き先は、前夜、遠野と決めた。釜石線が未乗だからである。

いや、釜石線のみならず、山田線も大船渡線気仙沼線も未乗である。もちろん、岩泉線も。とすると、もっとも効率がよいのは、盛岡から山田線快速に乗って、宮古、釜石と乗り継いで、遠野に至るのがよい。盛岡発10時48分の快速リアスに乗ると、このルートでの接続がすこぶる良い。とはいえ、遠野到着は16時になってしまう。山深い遠野ではこの季節、もう日没だろう。

というわけで、釜石線は花巻方面からの乗車。山田線は後日に取っておき、釜石から三陸鉄道南リアス線、盛から大船渡線気仙沼から気仙沼線で仙台へ、と抜ける日程を作った。遠野での滞在は2時間あまり。とはいえ、これだけ未乗区間を制覇して、しかも日帰りで帰ってこられるのだから、満足できる日程である。

この日は、午前4時起床。始発の電車に乗って、9時前に花巻駅に着いた。通学の女子高生がぞろぞろ降りていく後ろに着いて改札口をいったん、抜けた。花巻駅前は寂しい。コンビニが見当たらなかった。バスもタクシーも、東京であれば用済みになったような、20年近く前の車両が目に入ってきた。バス停の時刻表は手書きだった。なんとなく、ノスタルジック。宮沢賢治の時代まで連れ戻されなくても、懐かしい風景だ。

1番線から、花巻発9時11分の快速はまゆり1号に乗車。盛岡から来る列車であるが、駅の構造上、ここでスイッチバックする。シートはクロスシートであるが、盛岡〜花巻間は後ろ向きで走ってきたようだ。キハ100系というのか、このタイプの気動車クロスシートというのは初めて見た。

乗車記として記すべきことは多くない。車掌は女性。土沢と宮守の間で検札があった。あたりは雪景色。遠くに山。手前に田畑。東北の旅情という感じである。宮守の次は遠野だから、その名の通り快速は速い。遠野に近づくと一気に山に入っていく。10時1分、遠野到着。

遠野駅の駅舎は、古くて品格がある。2階はフォルクローロ遠野というホテルだと、あとで知った。

遠野観光の話は、また後で。

遠野発12時45分の快速はまゆり3号に乗車。遠野の次の停車駅、岩手上郷を過ぎて山が深くなる。上有住〜陸前大橋間の景色はすばらしかった。種村直樹氏は何かの著書で「あきずに一日中ながめていた」と書いていたと思う。列車の本数はそう繁くないから真似しようとは思わないが、私の今まで経験した三大車窓に加えていいぐらいである。

釜石には13時34分、定刻に着いたと思った。乗り換える列車は、13時40分発の三陸鉄道南リアス線である。駅の構造も知らない。きっぷを買うのに手間取るかもしれない。不安に駆られて、出口方向へ駆けていった。ホームから階段を下りると、真ん前に乗り換え口があった。なんのことはなく乗り換えられた。

車両は、自動販売機も載っているような独特なものだった。車内には近くの小学生か幼稚園生の絵がかかっていた。最初の1駅2駅ぐらいは起きていたが、トンネルばかりだった。トンネルを抜けて外の景色が見えたと思ったら駅で、駅を出るとまたトンネルに入る。おもしろくなくて、寝た。起きたのは陸前赤崎駅のあたりだった。終点盛駅のひとつ手前である。

三陸鉄道は、特定地方交通線第3セクター化第1号である。南リアス線では盛〜吉浜間の国鉄旧盛線を引き継ぎ、建設中だった吉浜〜釜石間を引き受けた。だから吉浜ぐらいは起きてなければならなかったのだが、寝ていた。

盛到着は14時28分である。南リアス線では、青春18きっぷを提示すると500円だかで乗れるという企画をやっていると耳にしていた。釜石駅で駅員さんに確認すると、下車時に提示してくださいと言われた。そして、盛駅到着。車内の運賃箱に立つ運転士兼車掌に18きっぷを見せて、手のひらに500円玉を乗せて立ち去ろうとしたら、呼び止められた。530円だったらしい。

釜石から盛まで、ふつうに乗れば1,050円である。それを半額で乗れるのだから、すばらしい。JRと協賛しているわけでもないのだろう。半額にしてでも、旅行者に三陸鉄道に乗ってもらおうという配慮に違いない。

盛駅、向かい側のホームには、14時46分の一ノ関行き大船渡線列車がすでに待ち受けていた。

盛駅の構内はなかなか広い。岩手開発鉄道があるせいだろうか。とはいえ、この日、曇り空の下でなかなかパッとしなかった。そういえば、この駅は、種村直樹氏が国鉄完乗をなしとげた駅であったと思い出したが、文脈とは何も関係ない。