青梅線


2003年9月6日に青梅線に乗車している。以下はそのメモである。


東京の西端。寂しく盲腸線が2本、ひょろひょろと延びている。あの先には何があるのだろう。山から石炭や木材を引っ張り出してくるのかと小さい頃から想像をしていたのだが、今は、なんのことはない、都民の身近な行楽地である。


2本ひょろひょろと延びているうちの1本が、青梅線で、立川〜奥多摩間の37.2kmである。 電化区間であり、さらには幹線でもある。歴史的な経緯もおもしろいが、それは他に譲る。


2003年9月6日、青梅線完乗の日の日記である。


青春18きっぷ赤常備券4回目の使い始めは新宿駅を選ぶ。西口から入場。新宿駅(西)の検印。ホリデー快速おくたま3号は、7番線から8:19発。


向こう側の9番線には、ホリデー快速河口湖号。189系を改装した車両で、シートピッチは良いが、あの貧しく冴えない色調は、廃車寸前の特急を塗り替えたような感を際立たせる。今からやってくるおくたま号は、いったいどんな車両かと心待ちにする。


8:11、7番線に入線してきた電車が、オレンジ色の201系中央線車両。悪い予感がして、的中。楽しみにしていたのに、ロングシートかよ。これなら河口湖号が方がいいや、とばかりに9番線に駆け込もうとするが、ちょうどよく発車される。あぅ。売店生茶を買って一息。150円。一番前の車両10号車に乗る。


本を読む気にもなれず、景色を眺める。はすむかいに、いかに自分が旅上手かを自慢げに女性2人に対して語っている男。話し声がうるさい。おくたま号はただの201系だったし、もう不快感と不満で、つまらない思い。沿線には、中央本線は、高架化工事中。立川で中央本線から青梅線に入る。


8:59、拝島にて切り離し。2分停車。10両編成、前より6両が奥多摩行き。後ろより4両が武蔵五日市行きのホリデー快速あきがわ号。拝島で切り離される。東青梅から単線。青梅には車両の保留線がたくさんあるのだから、この短い区間ぐらい複線化すればいいのにと鉄の妄想。


9:15、青梅にて下車。めざすは、青梅鉄道公園。地図で見ていたときには予想もつかなかったような上り坂。テニスコートと墓地の間を抜けて、9:30ちょっと前、到着。おそらく、この日2番目の入場者。改札機は壊れいて、切符を模した記念入場券を係りの人が手で渡してくれる。この公園、こんな高いところにあるけれど展示車両をどうやって持ってきたのかしら。


展示車両は、2120、5500、110、9600、8620とイギリス製蒸気機関車に始まって、C51、C11、D51、E10と国鉄製の蒸気機関車まで一堂に展示、静態保存されている。機関車には運転席に乗れるものもあれば、アルミサッシがとりつけてあって中を見るだけで触れないようにしてあるもの、あるいは、そもそも運転台に登れないものなど様々。ED16は、ここで唯一の電気機関車。準鉄道記念物というのは、格下の扱いか。公園内の階段を下に下りて、0系新幹線。運転台に座ることができる。横に広い。客室の回転しないシートや、車内トイレの場所にある謎の小部屋を見る。新幹線前部のスカートの下、レール上の砂掃けのゴムが、ほとんどレールとの隙間もないほどにくっついているのにびっくりする。


10:00より、館内1階の鉄道模型の走行を見物。Nゲージで育った私としては、HOゲージは珍しいが、そもそも鉄道模型を見るのが久しぶりなだけに、懐かしく楽しい。HOゲージといえど、最新車両もいろいろ揃っている。500系のぞみ、E231系山手線ビューさざなみ成田エクスプレスN’EX)等々。もちろん、SLあり、113系あり、100系新幹線あり、と次々に走らせてくれる。1通り走らせて10分。楽しいひととき。ずっと走らせておけば楽しいと思うけれど、そこは商売。1回100円の投入口が用意されている。操作していたのは、JR東日本から出向している職員さんなのかな。


ふと、十数年前にテレビで聞いたセリフを思い出す。JR発足に伴って、国鉄清算事業団に移籍させられた職員の家族の話。「パパは電車の運転手さんだったのに、今は、線路の草取りをさせられている」。民営化のための合理化でそういった人員削減が行われた。当時、小学生の私には、痛々しく響いたが、今はこの不況のご時世。そもそもリストラという名のもとに失業している人が多いと、あの頃はまだ良かったのだという思いになる。


1番線に、奥多摩方面から、ヘッドマークをつけた変な電車がやってくる。てっきり、立川方面から来るものと思っていたこともあって驚くが、この特別仕様の電車におくたま号の不満も吹き飛ぶ。青梅〜奥多摩間で折り返し運転がなされているのか。紫・クリーム・水色・緑色の車体が見えてくる。地図で見て、山奥をトコトコ走っている電車を想像していただけに、田舎と思ってみくびっていた私は、後悔。ここは利用客が見込める、東京の行楽地だったんだね。


10:41発の四季彩・奥多摩号。乗り込んでさらにびっくり。渓谷に向かってロングシートが2列になっている。こんな車、サファリパークぐらいでしか乗ったことがない。この電車は10:30の入線だから、発車まで10分以上ある。運転席すぐ後ろに立って、セブンイレブンで買ったパンを食べていたら、輪行のひとが3人乗り込んできて、すいませんと言われ場所を譲る。男性2人女性1人の3人組み。大学生ぐらいかな。私もそんな学生生活をしてみたいもんだった。


御嶽駅で大量に下車。窓に向かうロングシートに座る。人が座っていないときには跳ね上がっているタイプだ。大型窓から多摩川の渓谷が目に入る。カヌーをしているひとがいる、奥多摩大橋の白い斜張橋は美しく、その下には、キャンプをするひとたちが見える。


11:15、奥多摩着。精算をする長い列。大学生かな、キャンプかな。この駅、なかなかの賑わい、さびれてない。さすが東京都下。駅を出て、郵便局を探す。少し歩いて、奥多摩郵便局、軍資金を引き出す。土日も利用できるとのこと、あなどってはいけない。通りにあるデイリーヤマザキの店頭には、焚き木が売られていた、一束480円。駅前の商店には、野菜とか魚介類とか、キャンプする人向けに食材を売る案内が出てた。奥多摩駅前の交番には、山岳救助隊の看板が。


駅に戻り、あたりを見回す。熊が出るとか、遭難するとか、看板が立っている。登山するひとは、登山計画書の提出が求められるとのこと。登山というと、もっと高い山を想像してしまうので、「登山」という表現に驚く。『奥多摩登山考』なる本の看板。さきほどの交番の人が書いた本らしい。安易にこんな場所に来てしまったという気持ちに、なぜかさせられる雰囲気である。


駅前には古民家でも立ち並んでいるだろうから、それを見てすぐ引き返そうと思っていたところ、意外な都市ぶりにびっくりしているのであった。ここで観光地というと、日原鍾乳洞なるところが有名らしい。関東一の鍾乳洞だとか。近くなら行ってみようかと思うが、バスで30分ほどのところらしく、また、そのバスも2時間に1本程度。


しかしながら、駅前にはちょうどよくバスが。聞くと、臨時便とのこと。もう出発らしく、乗るのかと聞かれるが、5秒ほど迷って、乗らないことに。駅では不思議なきっぷが売られている。日原鍾乳洞入洞券(600円)+日原森林館入館券(200円)+バス往復券(450円×2)がセットになって、2,000円。計算しても計1,700円分でしかないようだが、300円のおみやげがつくらしい。どうせたいしたもんじゃないだろうと軽く眺めるが、なぜか気になる。


しばし躊躇しながらも、電車に乗ることに。11:53発の普通青梅行き。四季彩ではなくて、オレンジ色の201系。ちとつまんない。次の白丸駅には、ホームと門が直結している民家があると聞いていたが、忘れていて、見逃す。12:11、御嶽駅着。少し離れた乗り場にバスが待っていた。乗り込もうとすると、中は暑いから外の日陰で待っててと運転手さんに言われる。12:21発。前乗り前払い、バスカードが使えるのに感激。10分ほどで、ケーブルカーの駅の下に。270円。ちょっと歩いて御岳山登山鉄道滝本駅。


ちょうど12:21発のケーブルカーが出発するところ。線路の橋の下から1枚写真をおさめる。オレンジ色の日の出号。窓口で切符購入。滝本駅から御岳山駅までケーブルカー、そこからさらに大展望台駅までリフトに乗るというチケット。670円。写真の入った記念券である。回りを見渡すに、御岳山駅までのひとは、硬券を持っていた。どっちが記念になるか、悩む。


次のケーブルカーを待つ間、売店を眺める。チャーちゃんまんじゅう。1個130円。元気のいいおばちゃんがひとりで売っている。デカい。田舎風の贅沢を感じる。甘すぎないといいけれどと心配しながら、そばとごまみそを1個ずつ。まさかの遭難用の非常食に、ということが少し頭に。表示によると製造者の住所は、山梨県北都留郡小菅村2187。はるかむこうから県境を越えておばちゃんが運んでくるんだ偉いもんだね、と感心するものの、もうここは東京の都心よりも山梨の方が近い。秩父多摩甲斐国立公園として括られる場所の中なのだ。


この御岳登山鉄道は、京王グループである。こんな山奥まで業界の再編成でメガコンペティッションの波にのまれてしまったのね、とKEIOのロゴを見ながら変な感心をする。ともかくも乗車。私の席の前の通路には、大型犬を2匹連れた夫婦が。犬が落ち着かずにうろうろしている。階段状の床を上に上がろうにも爪がたてられずに難渋している。


12:42発、外側を青色に塗りたくった青空号。目の前に迫る急勾配。すごいね、電車が走る道じゃないよ。碓氷峠もびっくり。運転手さんは、運転しながら観光案内。途中でさっき登っていた日の出号とすれちがう。ケーブルカーには、いろいろ乗ったけれど、単線で途中すれちがいを見せるという趣向のところが多いね。


6分で、標高差424mの御岳山駅。川魚の塩焼きの匂い。匂いをたどっていくに、山女魚500円、鮎350円の看板が。これは迷う、非常に迷う。私の金銭感覚からすれば、魚一匹に350円出すのは高い。でも、今年4月6日に伊豆の山中で食べた鮎は400円だった。浄蓮の滝のそれに比べれば50円も良心的である。今日の昼食は抜くことにして、買ってしまう。


展望台のいいところに席をとる。遠くの都市の建物が見えるが、関係ない。座るとすぐに、もう、むさぼり食ったという表現がびったりなほど。背びれも尾びれもかまわずかぶりつく。いつもは躊躇するはらわたも食べた。これは養殖ものなんだろう。エサのせいか臭くない。塩がばりばりの尻尾も食べた、そして、お頭も食べた。残るは串だけ。あっという間だった。さて、どうしたものか、周囲にゴミ箱はない。売店の人に渡すか。でも、骨と頭と尻尾がついてないと、変な目で見られるだろうか。そう考えてそっと鞄にしまいこんだ。


リフト乗り場へ。リフトは、2分ほどと短い。高尾山のそれは、非常に心臓に悪かったが、ここのは、地面から座面の高さもそう高くない。足元の草に靴が届く。足元に咲く、紫色とピンクの中間の色の花、何という植物だろう。高原の植物という感じ。


御展望台駅でリフトを降りて、イラストマップをもらう。所詮ハイキングと考えて、詳細な地図を持ってきていないので、これが頼りとなる。すぐの産安社なる建物の前には、商品の火打石を試すおばさんがた。火花が出たの出ないと騒ぎあっている。産安社から雅楽が聴こえる。見てみるとSONYのラジカセから流れていた。雰囲気を出すためとはいえ、宗教施設に商売っ気を感じて、感心しない。


レンゲショウマ群生地なる立て看板。どこだどこだと見て回るに、群生地なるものは見つからない。が、道の脇の柵にかかるロープには、「写真を撮る方はロープの内側に入らないでください」との表示。あぁ、これが、この小さい白い花がレンゲショウマという花なのかと感心する。それにしても、群生というほどじゃないぞ。


御嶽神社を目指す。小雨がぽつぽつと降り出す。先ほどまで晴天このうえなかったのに。変わりやすい山の天気というところか。御展望台駅まで登ったために、当面は下り坂。御岳ビジターセンターなる建物が右手に。近づいていくに、その建物の前の庇の下で食事をしているハイカーたちが変な目で私を見る。いやいや、私はあなたがたに用があるんじゃなくってよ。


御岳ビジターセンターには、資料だパネル展示だとあるが、見ても頭に入らないことは分かっているので、来た記念にパンフレットだけもらって出て行く。ここらへん、細い参道の両側には、旅館だ民宿だと26軒あるという。このところ寂れた観光地ばかり見ていたので、こんな山奥でそれだけの人々が商売できるということに感心する。古い建物も多く、眺めていて飽きない。


そのうちの数軒に、お風呂に入れると出ていた。1回500円。これは安価でうれしい。タオルは貸してくれるようだが、こちらは替えの下着がない。こう汗だらだらだから入浴したいところこの上ないが、さっぱりした後に汗びしょびしょの下着を着るのはミゼラブルだと諦める。それにゴールは遠いのだ。


とおり沿いの民宿の玄関前にかかる「〜〜御一行様」の看板には、文字が入っているところが多い。さびれた田舎ではないのだ。感心する。「カンタンを聞く会」の文字が目立つ。はて、カンタンとは、何かの楽器かしらと思うが、後で知るに秋の虫らしい。この山の自然にはそんな虫が棲息しているのだね。ゴオロギの親戚かしら。


ときおり、急な坂道になる。登るのも、息を切らしながら一苦労。特殊車両が通るという旨の標識。キャタピラーかしら。ふつうの自動車では無理でしょう。スーパーカブが横を通り抜ける。二輪車は軽いし、こんなところでもへっちゃらなんだね。私も二輪の免許がほしくなっちゃうよ。オフロードバイクなんて格好いいじゃないですか。


御嶽神社の門前に出る前、道端に大きな木。樹齢1000年にもなる「神代ケヤキ」。その幹の太さに感心しながら、通り過ぎる。門前の商店街の賑わい。山奥が嘘のよう。


御嶽神社の門をくぐり、石段を登る。本堂は改修中でよく見えない。これといって感動はないが、山の上にこれだけのものを作ったのは、やはり山岳信仰ゆえなのか。工事中の本堂の裏手に、旧本堂。こちらは寂びのある古建築で趣がよいが、立ち入り禁止。柵越しに遠くから眺める。


イラストマップによると、日の出山山頂は、長尾平のすぐそば。御嶽神社の階段を途中まで降りて、そちらに向かう。道端には親切にも詳細で大きな登山地図が立っている。いまから向かう長尾平の先の道は切れており、日の出山は、もっと向こうにある。嫌な予感をしながらも、進む。案の定、日の出山との間には深い谷が一個あった。


長尾平に行く途中には、売店。家族連れで賑わう。あの、ファミリーな気分が好きではなく、横目で通り過ぎる。ヘリポートがある。コンクリート敷きではなくて、短い草が生えている土に、H字とそれを囲むように環状に石が埋め込まれている。非常用とのこと。つまり、遭難救助ということかな。なんだか、心の準備ができていないのに大変なところに来てしまったよ。長尾平はこれという景色もなく、引き返す。


御嶽神社門前の商店街で、ジュースを1本。軒並み、下界の価格プラス10円。そんな中で、500mlのミスティオが120円。単なる砂糖水と思えど、お金がないし。本当はお茶がいいのだけれど。


日の出山への道は、追い越されたり、追い越したり。私以外のひとは、すべて、リュックを背負って、ストックを持って、トレッキング用の登山靴を履いて、深い帽子をかぶって、と、いかにも登山スタイル。とはいっても、道ですれ違うひとで、登山に定番の「こんにちは」の声がかかることが少ないのが、本当には登山という意識をしていないというところだろうか。


ところどころに分かれ道がある。標識がついている。ある標識に曰く、「右、日の出山五日市横浜より欧米に至る」。笑う。洒落が効いていていいね。たのしくなってしまうよ。分かれ道の先は墓地であったり耕作地であったり。こんな山中にもひとの暮らしのさま。


杉の林の一本道を過ぎて、階段。足元は比較的よいが、ところどころ泥状になっている。登山者の集団を抜く。先頭者が、後からひとがくるから右へ寄れ、的なことを言っているのだけれど、異国の言葉なのかそうは聞き取れない。ともかくも、ジェスチャーで私もそうと知る。遠くからも観光客が来るのだね、と後で見当違いと分かる感想を持つ。


階段を登りきり、日の出山山頂。標高929mである。1,000m級の山なのであるが、そうは感じない。御岳山駅の時点ですでに標高831mであった。100mほどのプチ登山。頂上には、さきほどケーブルカーの駅で一緒になった大型犬2匹。飼い主の奥さんに挨拶されるのだが、こちらはぜいぜいいっていて返事が返せない。会釈をして通りすぎようとするが、犬がにおいをかぎに鼻をすりつけてくる。


それにしてもすごい大型犬だ。なんという種類だろう。これだけの犬を2匹も買えるなんてよほど裕福に違いない。歳のころ40代後半というところだが、子供はいないのかしら。連れてきていないということは、子供はいなくて、代わりに犬を飼っているのだろう。せっせと犬の映像をDVカメラにおさめるご主人。岩の上に、今年初めての赤トンボを見る。


前にさえぎる山はなく、山頂からの眺めはなかなかのもの。遠くは新宿が見えるというけれど、はてどちらだろうか。灰色に見える手前の建物群は、立川あたりだろうか。地図を見ても見当がつかない。とりあえず、写真におさめようとするが、私のカメラではきれいにおさまりきらない。今度カメラを選ぶときは、超広角のレンズがつくものにしよう。建物や電車を、近くから撮る機会が多い私には、望遠よりも広角だ。


14:30、下山開始。上養沢方面に降りれば、地図上には、途中に養沢鍾乳洞なるものがある。日原鍾乳洞に行けなかったリベンジをここでぜひ、とも思うが、なんだか雰囲気が怪しい。遠回りをして、結局、鍾乳洞の内部が見られる施設がないなら骨折り損だとも思う。ずいぶん疲れてきているし、一番近いバス停の方へ降りたいと、ひので三ツ沢つるつる温泉方面を選ぶ。少し降りて、四差路の分かれ道。標識を見るに、「左、三室山・二俣尾駅。右、上養沢・金毘羅尾根。」という感じの2方向しか書いてないのである。はてどうしようか、とイラストマップを見るが役に立たない。しばし立ち尽くす。


男性2人、女性1人のあやしげな集団に声をかけられる。息を吸いながら喋るような声である。イラストマップに指を指して、ジェスチャーをする。言葉だけで知っていた、聾唖者というひとたちである。言わんとしていることが分からないながらも、つるつる温泉方面に降りたいということだろう。私も一緒だ。でも、私もそれで迷っているのだ。


対応に苦しむ。英語でコミュニケーションをとるよりも難しい。「こっちだろう? こっちだろう?」と言おうとしているのか、指を指す。それは私が思っているのとは別方向で、さっきやってきた御岳山の方角だと思った。いや、違うんじゃないかとも思う。でも、そうかもしれないとも思う。自分のことなら、自信が持てなくても進んでいこう、そして、疲れていても自分の責任だと思ってリカバリできよう。でも、ひとに無責任なことは教えられない。


でも、この人たちは、聾唖者だ。日ごろから不便な思いをしているだろう。所得だって低いひとたちかもしれない。ふだんあくせく働いて、たまの休みをハイキングとエンジョイしているのかもしれない。そう思うと、できるだけ親切に対応してあげたい。でも、私だって土地感がないし、自信がないのだ。はいともいいえとも首を動かせないままに、わかりませんわかりませんを連呼して、その人たちは立ち去った。最後尾について女性に「あいあと」と言われたのが申し訳ない。


私はといえば、彼らとは反対方向の、自分が思う道を進み始めた。思えば、さっきの異国風のひとたちにしても、今日は障害者のひとたちがこぞって山登りに来ているのかもしれない。温泉に入れなかったぐらいなら、まだ思い出として振り返れるだろうが、合流できないとなると問題が起きるかもしれない。たまない気持ちである。対応がとれなかったことを情けなく思う。


案の定というか好運なことにというか、自分が進んでいる道が、ひので三ツ沢つるつる温泉方面であった。そうと分かって教えに引き返そうにも、もうずいぶん歩いてしまっている、彼らもそうだろう。標識が出ていなかったのが悪いのだ、と思う。彼らだって、行きたい場所があるのにイラストマップですませようというのが問題なのだ、と思う。そもそも、彼らが目指しているのは、つるつる温泉という私の理解が間違っているのかしれないし。等々と、思い込もうとするが、やはり、後味はよくない。ずっと考えながら、暗い気持ちで降りていくことになった。


下の道を自転車が颯爽を駆け抜けていく。砂利道を、マウンテンバイクが。私もやりたい。自転車を輪行袋に入れて、坂の上まで電車とかバスで持っていく。そして、坂を颯爽と駆け下りていく。昔からあこがれていた。大学に入ったときに買った自転車も前輪が外せるタイプだ。今は壊れているが修理して、今度持ってこようかという気にさせられる。でもなぁ、パンクしたら悲惨だしな。


リュックにカウベルをつけているひとがいたが、あれは熊よけであろう。熊だって好戦的ではないから、人が歩いて音を立てているのを聴けば、わざわざ近寄ってこない。前後を見渡しても、この道を歩いているのは私ひとり。すこし怖くなってミスティオの缶に、拾った石をぶつけながら音を立ててある。いい音ではなく、耳障り。3分も続かずにやめてしまう。どうせなら、錫杖でも持ってくればよかった。いや、持っていないけれど、悪霊退散に欲しいかも。富士山に登ったときも思ったけれど、金剛杖というのはファッションとしてよいかもしれないが、邪魔なだけだろうな。


御嶽神社から日の出山までの道は、かなり踏み固められて良好だったけれど、この下山道は少しだけ、道が悪い。木の根っこは出張っていてつっかかりそうだし、石もごろごろしている。私の靴は、ECCOのもう何年もはいていて底が擦り減っているもの。すこし痛いときもあるが、重装備には及ばない。下山道は3kmほど。山登りは、登りより下りがしんどい。膝が笑うほどではないが、筋肉に負担がかかるのを感じる。


15:30、下山。川沿いの舗道を歩く。ログハウス風の家が数軒。こんなところに住むのもよいかと思う。人づきあいが大嫌いだから、できれば山奥に隠遁したいと思うけれど、山奥に住まうには、それなりの不便を享受しなければならない。街に出るには車が必要だろうか。インターネットの光回線は来ているだろうか。いざというときの大きな病院までどのくらいだろうか。


通りに出る寸前、目の前をバスが通り過ぎていくのを見かける。つるつる温泉方面に向かうバスだ。すぐに折り返しになるのだろうか。いそいで走り出す。つるつる温泉は大賑わいである。駐車場には係員が3人立ち、誘導。交通規制さながらである。正面に出、3時間で800円という価格設定に目を丸くする。とてもじゃないが、入れた金額じゃない。こんな山奥だが、レジャーランドという位置付けなんだろうか。


4時過ぎ、先ほどのバスに加えて、もう1台、「青春号」ヘッドマークをつけた青い機関車風のバスが入ってくる。運転台と客室がトレーラーのように分かれている。こういった風変わりなバスは、幼稚園バスに多くて、見かけるにはよく見かけるものの乗ったことがなかったので、嬉々として乗り込む。さきほどの普通のバスは、臨時便とのこと。


4:10、バスが出る。乗ってみて分かったが、このバス、機関車型の外観のために、ずいぶん犠牲にしているものがある。ひとつは、乗り心地。狭い交差点では内輪差を考えるとかなり直進してから急ハンドルを切ることになる。客室は揺れてよろしくない。それから、運転室が一体になっていれば、運転士が料金箱の管理ができて、ワンマン運転も可能だが、料金箱は客室側にあって、対処のために車掌が必要となる。このバスでは年配の女性車掌がついていた。次に、トレーラーとして牽引するために、座席の位置が高くなる。前方の窓は小さいし、運転室が邪魔になるから、前方の景色はほとんど見えない。そして、それよりも、バリアフリーを指向するトレンドからは外れているところがマイナス点となるだろうか。


武蔵五日市駅までの途中の停留所では、乗る人も降りる人もいない。ノンストップでつっぱしる。15分。390円。最前列に座ったのが運の尽き。一番最後に降りる運命となる。バスに乗ろうというのに小銭を用意しないひとびと。降り口は大混雑。16:29の電車は見逃すことに。


以上が、青梅線の完乗記である。この後、五日市線で拝島まで出ることになるのだが、それは五日市線完乗記として別に記す。